日本のサイダーを世界に発信!商品企画が奇抜な飲料メーカー

木村飲料株式会社 代表取締役社長 木村 英文 様

Q.飲料メーカーとしての歴史は?

祖父が創業し、私で3代目になる。創業当時から飲料メーカーとして、リターナブルびん(回収し、再利用できるびん)やポリジュースを使い、ラムネ・サイダー・ジュースを製造していた。しかし、コカ・コーラなど海外飲料メーカーの日本市場参入や、サントリー、キリンなど大手飲料メーカーによるジュース市場への参入により、競争が激化し、多くの同業者が廃業していった。また、静岡県内では、ダイドードリンコが攻勢を極め、県内の同業者を次々と傘下に収めていった。ダイドードリンコは、自動販売機での販路開拓に力を入れており、加えてスーパーマーケットやコンビニが誕生したことで、当社の販売先であった酒屋、米屋、駄菓子屋でラムネ・サイダー・ジュースを購入する消費者は減少していった。

しかしながら、当社が島田市という中小都市に拠点を構えていることが幸いした。自動販売機やスーパーの出現により、飲料メーカーが廃業に追い込まれるという現象は、浜松市や静岡市などの大都市から順に起こり始めていたが、島田市に立地していた当社は、廃業した飲料メーカーの販路先を引き継ぐ形で静岡県内に販売ネットワークを拡大することに成功した。

Q.社長に就任してからの沿革は?

私が社長に就任してからは、リターナブルびんから使い捨てのワンウェイビンに切り替え、徐々に業績が好転し始めた。また、ペットボトル製のペットラムネを販売したことで、24時間体制で生産しても追いつかないほど会社が忙しくなっていった。

工場を吉田町に移転してから、自社製品の製造とは別に下請けの製造を始めた。しかし、下請け案件は、工賃は安いが高額な設備投資が必要とされ、投資に見合う収益を上げることができなかった。そんな中、2005年に新たに発売した「合格必勝サイダー」が、「日経流通新聞(現・日経MJ)」の新商品ランキングで16位に入賞し、爆発的なヒットを記録した。この時、「たとえ中小企業でも、アイデア次第で自社製品をヒットさせることができる」ことを実感し、それ以降、地元の食材を活かしたインパクトのある「ご当地サイダー」の商品開発に傾倒するようになった。

現在、飲料市場は、大手10社で約90%の市場シェアを占め、残りの10%のパイを約500社の中小企業が奪い合うという競争がし烈な業界になっている。従って、平凡な戦略では生き残れないため、当社は大手とは正反対の施策を打ち出している。例えば、大手飲料メーカーが、大豊作の果物を使った商品を企画するとそれがトレンドになるが、当社はあえてトレンドではない果物を使うなど、大手の後を追わないことにした。当社では、「美味しさ」よりも「インパクト・話題性」を重視して商品企画を追求したことにより、「わさびラムネ」や「カレーラムネ」など奇抜なジュースを開発することができ、日本全国から注目される飲料メーカーのポジションを築くことができた。

Q.なぜ社長を継いだのか?

私は長男だったため、両親から「会社を継いで欲しい」と子どもの頃から言われ育ってきたことが大きい。また、学生時代から「木村塾」という学習塾を経営し、安定的な稼ぎを担保できていた。当時は、大手学習塾が存在しなかったため、生徒も順調に集まり、初任給が9万円と言われていた時代に、月収50万円を稼いでいた。そのため、大学卒業後、学習塾での収入よりも給料の低い他社に就職することは考えられず、木村飲料に入社することに決めた。木村飲料に入社した後も、10年近くは学習塾の経営を兼務していた。現在、私が社長を務め、弟が専務を務めている。

Q.ユニークな新商品は、誰がどのように企画しているのか?

私が新商品のアイデアを企画し、私のアイデアを基に専務が商品開発を行っている。幼少期の頃から、弟と一緒に、様々な材料を混ぜてジュース作りをして遊んでいたが、そのような遊びを通して、感覚的にジュースを企画・開発する能力が育まれたようだ。私がアイデアの宝庫であり、専務が味の魔術師といった役割分担になっている。

毎月1つ以上新商品を出しているため、年間では12種類以上の新商品がリリースされる。商品をリリース後、初回ロット1万本が1週間以内で売り切れる場合は人気商品になる確率が高いが、2か月以上も売れ残る場合は生産中止に追い込まれる確率が高く、常にラインナップを刷新している。先日は、「桜えびサイダー」をリリースした。これは、駿河湾産の桜えびにこだわり、発売日も6/3の「桜えび祭り」に合わせた。このように、「ご当地サイダー」として、静岡の特産品の印象を高められるようなブランディングを行っている。現在、自社ブランドを100製品、他社ブランドを100製品手がけている。製造量は、自社製品よりも他社ブランドの製造が2〜3倍多い。

Q.主な販売チャネルは?

主な販路先としては、東名・新東名高速道路のサービスエリア、道の駅、キヨスクなどのお土産ショップで多く取り扱っていただいている。やはり、「ご当地サイダー」として静岡県内でしか購入できないので、県外から訪れる観光客が購入する場合が多く、スーパーにはあまり卸していない。

また、販売先における当社製品の販売面積を広げるために、当社では「55(ゴーゴー)キャンペーン」と「2525(ニコニコ)キャンペーン」を仕掛けている。「55キャンペーン」とは、当社の製品を55種類以上取り扱ってくれる店舗に対し、販促に必要な備品等を当社が用意するというキャンペーン支援であり、「2525キャンペーン」とは、当社の製品を25種類以上取り扱ってくれる店舗に対し、季節に応じた商品ラインナップのコーディネートを当社が提案するというキャンペーン支援である。

Q.海外にも流通しているのか?

現在、37ヶ国で販売されている。「日本の文化伝統であるラムネを世界に広めたい」との想いをもち、2003年から世界の展示会に出展しているが、当時はなかなか売れなかった。そこで、世界各地に支店を有する商社と連携し、現地の居酒屋や日本食レストラン、ラーメン店へ卸すようになり、海外輸出が順調に増加してきた。現在は、キッコーマンのグループ会社である「JFC」と連携を深め、ラムネを中心に9商品を海外に輸出している。海外では、ラムネを見て喜んでくれる子供が主な顧客ターゲットである。売上17億円のうち、約3億円を海外輸出が占めている。

Q.今後のビジョンは?

「夢のラムネ工場」を創りたいと考えている。現在、工場見学したいというご要望を頂くが、受け入れ体制が整っていないために、お断りしている。また、2020年には食品工場の衛生面を評価する「HACCP」を取得しなくてはならず、現在、資格取得に向けて準備しているところだ。そこで、数年以内には「HACCP」取得済みのラムネ工場を新設し、安心安全な環境下でラムネを製造している現場を一般消費者の方にもご覧いただき、ファン作りに力を入れていきたいと思っている。工場の建設予定地は、新東名高速道路の島田金谷インターチェンジ付近にできる新たな工業団地を検討している。

また、私が「全国ラムネ協会会長」として立場的にも、同業ラムネメーカーの支援も行いたい。ひと昔前までラムネメーカーは2300社あったが、現在も継続できているのは100社程度だろう。このままでは、ラムネ文化が日本からなくなってしまうのではないかと危惧している。そこで、当社が、地元食材を使ったラムネ開発のお手本となり、ラムネメーカーの生き残りを支援していきたい。

Q.同業他社が廃業していく中で、70年にわたり続いている理由は?

それは、時代の変化に合わせ、当社自身が変化してきたからだ。現在、飲料市場はペットボトル飲料の一人勝ちで、びんや缶のニーズは減少の一途をたどっているが、そんな中で、当社は敢えて自社ブランド商品に容器をガラス瓶に集中させ付加価値・差別化している。大手飲料メーカーがペットボトルに集中しているのとは正反対の戦略を取ることで、成功する確率を高めている。

Q.今後の課題は?

ここ10年ほど成長が横ばいになっている。原因は、工場の機械化が遅れてしまったこと、加えて、労働力が確保しにくくなってきていることにある。企業として見ると、労働力の減少はピンチだが、私はこのピンチを「生産性を高めるチャンス」と捉え、今後は、工場の機械化を本格的に進めていきたい。

会社概要

会社名木村飲料株式会社
事業内容・炭酸飲料、果汁飲料、健康飲料の製造・販売
・ベンダー用缶飲料の販売
・酒類の製造販売と酒類小売
・茶道具の販売
代表者名木村 英文
代表プロフィール1956年、静岡県島田市生まれ。静岡大学人文学部を卒業後、祖父・伊三郎氏が創業した木村飲料へ入社。98年から社長。2006年発売の「わさびラムネ」のヒットをきっかけにユニーク商品の開発に邁進している。
沿革昭和22年 清涼飲料水の製造開始
昭和28年 木村飲料株式会社設立
平成15年 世界最大食品展メッセアヌーガ2003に出展
平成19年 ユニークラムネ発売開始
本社所在地〒427-0044
静岡県島田市宮川町2429
URLhttp://www.kimura-drink.net/