「劇団わらび座」を中核とする総合アミューズメント・カンパニー

株式会社わらび座 代表取締役社長 山川 龍巳 様

Q.創業の経緯は?なぜ秋田の民俗芸能にこだわるのか?

わらび座の原点は、1953年に9名のパフォーマーが「アクセサリーとしての文化から、生活必需品としての文化創造へ」を理念に掲げ、東京から秋田の仙北郡田沢湖町(現仙北市)へ移り住んだことから始まる。この地域には、秋田の代表的な民俗芸能が集中していた。当初、秋田へ定住するにあたり、住む家も持たず地元の方の民家で寝泊りさせてもらっていたが、そのような状況でもやってこられたのは、パフォーマーひとりひとりが持っていた「生活必需品としての歌や踊りを追求する」という、民俗芸能に懸ける情熱が全てだった。

なぜ、民俗芸能が生活必需品かというと、歴史ある民俗芸能の起源には、当時の農民が飢餓で苦しまないようにと、雨乞いなど自然現象の恩恵を授かるべく神様に奉納していた歌や踊りが必ずある。科学技術も発達していない時代では、彼らが真剣に「生きる」ことと向き合った結果、歌や踊りを奉納すること自体が生活の一部であり、生きていくうえで欠かせないものだった。当時のわらび座のパフォーマーは、民俗芸能の歌や踊りに人間らしい深い魅力を感じ、「生活必需品としての文化」をより多くの人に伝え、刺激を受け取って欲しいと考えていた。

Q.山川社長がわらび座に入社した経緯は?

私がわらび座に入社したのは、18歳の時で、舞台芸術に魅せられたことがきっかけだった。私は、戦後間もない長崎で生まれ、佐世保基地が近所だったせいか、幼少の頃から「アメリカ人に生まれたかった」と日本人であることに誇りを持っていなかった。そんな私が、18歳の時にわらび座の舞台公演を見てみないかと誘いを受け、渋々見に行った。すると、パフォーマーひとりひとりが輝いて演劇している風景に魅せられ、たった30秒でも人の心を動かすことができる舞台芸術で、多くの人を感動させられるような人間になりたいと思い立ち、わらび座へ入社した。

Q.どのような事業を展開しているのか?

総合アミューズメント企業体として、「劇団わらび座」の演劇活動、総合レジャー施設である「あきた芸術村」・わらび劇場・ホテル「きららか」の運営、田沢湖ビール、3次元デジタル舞踊譜で民俗芸能を表現する「デジタルアートファクトリー」の運営などを展開している。

あきた芸術村では、年間700以上の公演により国内外で高い評価を受ける劇団わらび座の演劇を堪能してもらうことはもちろんのこと、秋田の魅力を全国の観光客に伝えらえるよう、ブルーベリー農園などを併設し、体験型リゾートとして、感動と感激を提供している。

Q.わらび座が大切にしている世界観は?

現在注力しているのは、地域文化やローカリズムの中に、人の生き様を表現することであり、これを舞台で実現したいと考えている。ローカリズムの中に人の生き様を表現した作品として、東北を題材にした演劇「ジパング青春記」がある。主人公は慶長遣欧使節団の一員として欧州へ発つことになった名もなき若者。地震と大津波で絶望の淵から立ち上がり、掴み取った夢と希望を表現したい。東北は冷夏、飢饉などに加え、300年から400年に一度は襲ったであろう大地震、大津波に遭いながらも、何度も負けずに生きてきた東北人の生き様を伝える作品だ。

また、現代社会では、憎しみや劣等感が広がり、テロや紛争など人間同士が争う火種が各地にはびこっているが、その対極に「共感・共有感・感動」という人間の光の部分があり、文化芸術の役割というのは、そのような人間の持つ光の部分に刺激を与えることだと考えている。

Q.今後のビジョン、戦略は?

今後は、より一層人々の生活必需品の一部となれるよう、演劇コンテンツを「旅行」や「教育」、「医療」などの新しい市場と組み合わせ、新しい価値の創造を行なっていきたい。私で3代目だが、創設者の原太郎は「アクセサリーとしての文化から生活必需品としての文化創造」を確立し、2代目社長の小島克昭は、劇場、ホテル、温泉、レストラン、手作り工房などを完備した「あきた芸術村」を立ち上げ、舞台芸術の魂を守るための複合文化事業を展開した。そして、3代目の私のミッションは、演劇コンテンツを通じて「多様性への理解」や「共感・共有感・感動による人間らしさ」を育むことに貢献し、ヒューマンビジネス産業をめざすことだと考えている。

まず、旅行分野への展開については、旅行事業部門「あきたびくらぶ」を新たに立ち上げ、異文化理解の一環として、外国人観光客に秋田の芸能を見てもらうことにより、国境を超えた民族間の相互理解を深められるようなツアーを企画している。2017年1月、東南アジアからの外国人観光客を取り込むべく、東南アジア8ヶ国に支店を持つタイの大手旅行会社「S.M.Iグループ」と業務提携した。

教育分野への展開については、「教育と文化の融合」をコンセプトに、年間150校以上の小中学校が教育の一環としてわらび座を訪れている。わらび座が提供している教育プログラムは、演劇鑑賞と踊り体験を通じ五感を刺激することで、豊かな感受性を育むことを目的としている。東京の和光学園中学校では農業体験と文化体験の「わらび座教育旅行」を実施し、今年40周年を迎える。また、現在、県内大学と連携し、グローバルリーダーに必要不可欠な多様性への理解力を深められるよう、英語と演劇コンテンツを組み合わせたシアターラーニングを始動できないかと模索も初めている。

医療分野への展開については、実際に認知症の高齢者の方々に、演劇プログラムを実践されている事例などを学んでいるところ。認知症の方々は、翌日になるとプログラムそのものは忘れているが、不思議なことに「楽しかった」など情動の記憶だけは残っており、その感情が認知症患者にはとても良い刺激となっている。事実、脳科学的にも、演劇療法として認められているほど、演劇の医療分野への展開には大きな可能性が残されている。

会社概要

会社名株式会社わらび座
事業内容・劇団公演
・あきた芸術村事業グループ(劇場、温泉・宿泊施設、地ビールブルワリーパブ、森林工芸館、民族芸術研究所、デジタルアートファクトリーを備えるリフレッシュゾーン)
代表者名山川 龍巳
代表プロフィール18歳でわらび座に入団。1年間役者をやった後、営業やマネジメントを担当。その後、坊っちゃん劇場支配人、株式会社ジョイ・アート専務取締役などを経て、2016年、株式会社わらび座・代表取締役社長に就任。
沿革1953年 秋田県仙北郡田沢湖町(現仙北市)に定着
1971年 株式会社わらび座設立
1989年 初の訪欧公演(フランス・イタリア・東ドイツ・ソ連)
1995年 わらび劇場でオリジナルミュージカル常設公演スタート
1996年 わらび座のホームベースを「たざわこ芸術村」として本格スタート
2014年 4月より「たざわこ芸術村」の名称を「あきた芸術村」に変更
2017年 タイの大手旅行会社「S.M.Iグループ」と業務提携
本社所在地〒014-1113
秋田県仙北市田沢湖卒田字早稲田430
URLhttp://www.warabi.gr.jp/